こんにちは、インターンの宗盛です。
昨年フランジア・ベトナムのCEOが、藤本(現フランジア・フィリピンCEO)から小林に引き継がれました。そのタイミングで2人が一緒にダナンマラソンに出場したということで、そのときのお話を伺いました。

 

ー そもそもどうしてダナンマラソンに出ることになったのでしょうか?

小林 もともとは、ベトナム人スタッフとお酒を飲んでた時のことがきっかけだね。そのスタッフが、「泰平さんは不可能はないとかよく言うけど、そんなことはない」って言っていて。そのスタッフが言っているのは、別に頑張りたくないとかではなく、やっぱり無理なものは無理だし努力が報われないこともあるっていう意味でね。

でも俺の中ではやっぱり不可能はないと思ってる。だから10年くらい全く運動していなくて、酒とたばこにおぼれていた俺がマラソンに出て走り切ったら、不可能はないって話しにしようっていうのを飲みの席で冗談で言ってたんだよね。それでその時期にちょうどハーフマラソンがあるっていうのを聞いて、とりあえずをハーフを走ろうと。でもダナンのマラソンはやっぱり暑いから相当しんどい。街中も舗装されてるわけじゃないから道もそんなによくないし辛いから、ちゃんとトレーニングもしてた。なんのきっかけかはわからないけど、藤本さんもそれに出るっていうことになったんだよね。

 

 

ー 実際に走ってみてどうでしたか?

小林 結構しんどかった。それまでちゃんとトレーニングをして、毎朝10キロくらいジムで走るようにしてそれなりに準備をして行ったんだけど、実際走り始めてみたら確かに暑かった。そんなだから思った以上に水分を消費していて、最初の給水所でスポーツドリンクをとって飲んだら炭酸で飲みづらいしむせたりしたね。それと、朝方だったから、ごみ収集の関係で街が生ごみ臭くて、それでちょっと気持ち悪くもなったし。そんな状況からのスタートだったから結構しんどかった。
それでも走り続けて、やっとゴールが近づいてきた。
最後の5キロくらいはビーチ沿いを走るんだけど、朝4時前にスタートしてるから、うまく走るとビーチの日の出を見ながら走れるの。17、18キロ過ぎくらいからさらにしんどくなってきて、ちょっと足も止まったりしてたんだけど、そういう景色を見ながら走ってたらもう一回頑張れるっていう気分になった。

でも、おばちゃんが路上で売ってた海鮮物が生臭くてまたやる気が失せてきて。そんな時に、最初の方でだいぶ差をつけていたはずの藤本さんがなぜか後ろから走ってきたの。その姿を見たら、すごい元気が出てきた。

そのときちょうど代表を交代するタイミングで、今まではどっちかというと、ふろしきを広げて畳んでいくみたいに、藤本さんが前に行って、それを俺が後ろから処理をしていくっていうことが多かったんだけど、マラソンでは俺が先に走って、あとから藤本さんが来た。そこですごく元気が出たし、別に前にいるからとか後ろにいるとか関係なく、やっぱり一緒にいる仲間の存在って良いなと思った。それでそのまま藤本さんと一緒にゴールした。区切りっていうタイミングで、一緒にハードなチャレンジを達成できたっていうことは、すごく良かったんじゃないかなと思う。

 

 

ー フランジア・ベトナムを引き継ぐことになったとき気持ちの変化はありましたか?

小林 もともとベトナム、次がフィリピンっていうふうにずっとアジアを見ていたし、お互いの目標が変わって新しい道を歩み始めたわけじゃないから。ふたりとも共通認識としてもっていたアジアでNo.1の会社を作ろうっていうビジョンに対して、役割を変えて次のステップに進む話というだけで、実はあんまり感傷的なものはなかったんだよね。
でも、藤本さんはフランジアの創始者でインパクトが大きい人だから、社長が交代することによって、会社のカルチャーが変わっちゃうんじゃないか、会社を辞めていく人が出てくるんじゃないかっていうのはいろいろ考えたかな。そういう不安はもちろんあったけど、マラソンの時に後ろから藤本さんが走ってきたみたいに、自分がピンチのときはどこかから誰かが助けに来てくれるって思ったら楽になったね。

 

 

取材後記

インターンとして短い間ではありますが、フランジアで働いてみて、一緒に働くスタッフ全員で頑張ろうという雰囲気を感じました。そしてそういう一体感のある雰囲気で働くことができるのは、CEOである小林さん自身が、仲間の大切さを知っているからだと思いました。

 

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